研修体験記　　　岩本　直高

　釧路での３年間、初めての北海道


　平成25年4月1日から平成28年4月末までの3年1ヶ月間を釧路労災病院脳神経外科で研修する機会を得ました。釧路労災病院は脳卒中、脳腫瘍などの脳の病気だけでなく、脊椎・脊髄疾患、末梢神経の領域まで幅広く診療している病院です。井須豊彦先生が脊髄外科指導医であり、末梢神経疾患のエキスパートでもあることから、脊椎・脊髄・末梢神経疾患で困っている患者さんも多く、その分野の訓練施設でもあります。日本医科大学脳神経外科に在籍当時の先輩である金景成先生、森本大二郎先生（井須先生のお弟子さんであり、私の兄弟子です）のお力添えで、釧路労災病院での研修が始まりました。
　釧路労災病院では、井須先生の診療を希望する患者さんが非常に多く、外来での投薬治療のみで改善しきらない方々が、入院治療されていました。赴任当初の私の仕事は、主に入院となった患者さんの診察でした。毎日、夕方に行われる井須先生との病棟回診では、神経所見の評価が難しい患者さんの診察を手取り足とりご指導いただきました。また、その後のカンファランスでは各種画像検査(レントゲン、CT、MRI、脊髄造影など)の検討および、診断、治療の考え方など、時に（それなりに高頻度で）厳しくご指導頂けたことはとても大きな財産となりました。このようなご指導のもと、様々なブロック治療や保存療法、手術後の患者さんの管理、また実際の外科手術など、多くのことを身につけることができました。
　釧路労災病院には、新たに症状が出現した患者さんだけではなく、他の施設で治療したものの症状が改善しない患者さんも多く来院していました。中には、画像検査で異常を見いだせない腰痛や下肢痛の原因として、上殿皮神経障害や中臀筋障害、仙腸関節障害、腓骨神経障害、足根管症候群など他の病院であまり治療されていない腰椎周辺疾患が多く含まれており、釧路労災病院ならではの治療を多く経験させて頂きました。これらの疾患は専門家の間でもまだ認知度が低く、他の病院ではあまり治療されていないため、これら先進的治療を学会や論文で発表するといった学術的な経験も多くすることができました。その結果2度の国際学会での発表に加え、2編の英語論文、1編の日本語論文などを書き上げることができました。その折には井須先生だけではなく、日本医大千葉北総病院の金景成先生(前述の井須先生のお弟子さんの一人)に、多くご指導を頂きました、この場を借りて深謝したいと思います。
　このように、私の北海道釧路での3年間はとても濃密なものでした。平成28年8月からは東京にある帝京大学付属病院脳神経外科へ赴任し、釧路労災病院で学んだことを一つでも多くの患者さんに還元し、よりよい医療の普及と発展に貢献したいと日々、日常診療に従事しています。まだ赴任直後であり多くの患者さんには出会えていませんが、先日釧路での経験が非常に役だった患者さんに出会いましたので、紹介したいと思います。 その患者さんは79歳の女性で、何年も前に頸椎疾患と腰椎疾患に対して手術を受けた方です。特に頸椎手術は難易度の高い治療であり、術中、術後に大量の輸血を必要とする状態であったようです。これらの治療を何とか乗り越え、手術後の後遺症もありましたが、自宅内での生活はほぼ自立していたようです。しかし、１年程前から左下肢の痛み・痺れが増悪し、徐々に歩行が困難となりました。半年程前からは自宅内での歩行にも介助が必要となり3m先のトイレへも一人でいけなくなってしまいました。担当の先生方は積極的に介入しましたが、画像上の新しい異常はみあたらず、症状の改善もなく、手術の後遺症、年齢による影響と判断せざるを得ない状況でした。私が担当医となり初めて診察した時は、車椅子で診察室に入ってきて、何とか痛みをとってほしいと患者さんから懇願されました。問診後に神経診察を行ったところ、左側の腓骨神経障害（絞扼性末梢神経障害の１つで、先進的に釧路労災病院で治療されている疾患）と診断しました。しばらく保存療法を行いましたがあまり効果はみられず、患者さんの強い希望もあり、神経剥離術という局所麻酔で行える手術を行いました。手術後、患者さんの痛みは嘘のように消え、杖で歩いたり、自宅階段もほぼ一人で移動できるほどまで改善しました。患者さんや家族の方々からも非常に感謝され、私自身、医師としての喜びを強く認識できた瞬間でした。今後もこのように末梢神経障害に苦しむ患者さんに対して、できることを少しずつ行っていきたいと思います。
　以上簡単ではありますが、私の研修体験記とさせていただきます。最後にこのような素晴らしい研修をさせて頂いた井須先生をはじめとする脳神経外科の先生方、釧路労災病院関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。