「釧路労災病院脳神経外科　研修体験記」
　　　 福岡大学病院　脳神経外科　�M田緒美

　11月から12月にかけての5週間、釧路労災病院の井須先生のもとで研修させていただきました。私は九州の福岡大学病院で脳神経外科医として働いています。今回は、井須先生が福岡でされた末梢神経の講演をきいて、興味をもったため先生のもとで研修をしたいと教授に申し出ました。
　私が主に釧路で学んだのは、腰痛や下肢痛の原因となっている上殿皮神経という神経でした。脊髄を専門にしておられる井須先生が臨床を積み重ねた結果、気づかれたのがこの神経であり、原因不明といわれている腰痛の原因の一つであることが分かったのです。治療には内服、神経ブロックに加え、脳神経外科医が得意とするマイクロサージャリーが必要でした。
　驚いたのは、上殿皮神経障害の診断方法が圧痛の確認であること、そして治療後の患者さんの満足度が非常に高いことです。本当に上殿皮神経が悪い患者さんは少し腰を押すだけでものすごく痛がります。ヘルニアや脊柱管狭窄症との鑑別や、合併例であることの判断は必要ですが、疑わしきはとにかく押す。そして、診断に至った患者さんは、約1週間の入院治療をうけて帰ります。その治療後の改善度といったら、信じられませんでした。入院時は腰痛でじーーっとベッドに座っていた患者さんが、ブロック治療や手術後に「歩けるー」と言ってスタスタ歩きどこかに行っていてみつかりません。病棟では毎日そんな光景が繰り広げられていました。現代社会に、機械ではなく圧痛の確認が最も重要であり、治療でこんなにも良くなるというのを見て、医学の歴史を変える瞬間を目の当たりにしたような気持ちでした。
　労災病院では井須先生と千葉先生が主に末梢神経の治療に携われており、私はそのチームの一員として診察、ブロック治療、手術に立ち会わせていただきました。福岡で井須先生が言われたのは『1ヶ月だけでも学びにきたら、だいたい分かるよ。』という一言。そんな誰も知らないようなめずらしい病気であれば、1ヶ月で患者さんを2、3人みることができればいい方だと思っていました。しかし、釧路での研修が始まって出会うのは、たくさんの上殿皮神経障害の患者さん達でした。毎日、腰が痛い、足が痛いと言う人達が先生を訪れ、治療のために入院し、ブロック治療や手術治療を行っています。今回、5週間で経験した上殿皮神経障害の患者さんは約30症例。釧路という人口18万人の場所で、その中の一つの病院の一つの脳神経外科という科で、外来を除いた入院患者さんの人数が1ヶ月で30症例です。この他にもこの病気を知らずに生きている人が山のようにいると思うと、日本にいる上殿皮神経障害患者さんの人数は計り知れません。
　腰痛のことをほとんど知らず、上殿皮神経については全くきいたこともなかった私が、今では腰が曲がっている人とすれ違うと振り返ってまでその人の歩き方を目で追い、『上殿皮かも知れない・・・』と心の中でつぶやき、腰の圧痛を確認したい気持ちでいっぱいになります。腰痛で苦しんでいる人がその痛みから解放されるかもしれないという事実を知ってしまったことにより、腰が曲がり痛みを我慢して歩く人々をみると、胸が痛くなってしまうのです。
　まだまだ学ぶべきことはたくさんありますが、ひとまずは私が学んだ1ヶ月間のことをより多くの福岡の先生方に知っていただき、少しでも多くの患者さんを腰痛や下肢痛から救ってあげられるように努力していきたいと思います。
　このご縁を得たのは、何よりも井上教授、井須先生のご好意によります。また、千葉先生、釧路労災病院の脳神経外科の先生方、6階西病棟の看護師の皆様、検査科の方々、色々と研修の手配をしていただきました釧路労災病院の方々へ感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。