女満別空港より、雌阿寒岳、オンネトーを経て摩周湖に到着した。今年2月女満別空港より阿寒温泉経由で釧路に到着した風景とは別世界であった。摩周湖をながめると、ピーンとはりつめた気配が漂い、湖の中へ吸い込まれそうである。この透明度は世界一高いといわれているそうだ（41.6m/昭和6年8月）。今日のような湖の美しさを体験することができる天候に恵まれる事は多くはないであろう。晴れた日に摩周湖を眺めたら婚期が3年遅れるという言い伝えもうなずけないことはない。この湖の水は周りの山から流れ込む一方で、他へ流れ出る川はないそうだ。地中へ地下水となって吸い込まれているらしい。何から何まで不思議な湖だ。私が今年2月釧路労災病院へ見学に行くことを強く希望した理由は、昨年11月学会で、井須先生が琵琶湖で講演されたことがきっかけであった。脳神経外科医の中で井須先生を知らない人はいないであろう。ましてその脊髄手術手技となると、雲の上の存在といっていい。その井須先生が琵琶湖の講演会で、妙なことを話し出された。講演会のお話しはつぎのようであった。……….私は手術をしないように患者様にお話しをする。しかもかりに手術をすることになっても家族全員をお呼びし、また手術をしないお話しをする。そして外来は、手術以上に力を注ぎ、おひとりに1時間以上診察することもしばしばで、またそこで手術をしないお話しをする。…….一体何をいっているのか皆目見当がつかなかった。私は井須先生ほどの手術技量の持ち主ならば、患者様の神経所見と画像所見が一致し、自分の症状を苦にしていればどんどん手術をしているものとばかり思っていたからだ。実際手術を見学させていただくと、患者様の症状をよくする手術で、無駄のないきわめて完成度の高い手術であった。手術テクニックに関しても、お話ししたいことは山ほどあるが、今回は割愛させて頂きたいと思う。私の持論では、病気をなおそうと思ったとき、一番大切なことは日本中を何日も歩き回ってでも、どれだけ時間をかけてもいい先生を探すことが一番であると思っている。そんな先生が身近にいらっしゃることは、手術を受けられる方（地元の方？）は、きわめて幸運であると思う。病気というやつは全力で情け容赦なく、そしてあらゆる卑劣な手段をつかい病人を叩きのめそうとする。そんな大敵を相手にする勝負をするわけであるから、医療者と患者はおたがいにより親睦なタッグを組み協力を惜しまねば、病気に打ちのめされる。脳神経外科の手術（脊髄外科も当然含みます。）は、病院より個人の手術技量によることが尚更大きい。確かに、より良い手術がまず患者様になされることは勿論であるが、これだけでは病気に勝てない。私は病気に勝つための親睦なタッグを組む一つの窓口となるものが外来と思っている。手術をしないようにお話しする外来とは一体どんな外来なのであろうか？　実際、やはりお話し通り、手術をしない、すすめない外来であった。この外来の中で今後手術を受けられる方、手術を受けられない方、手術を受けようと思われたが今回のお話で手術をやめられた方、その選択は多岐にわたった。私は外来で井須先生のとなりでお話しをお聞きしていたわけであるが、ある手術を選択されない患者様におもわず、横から手術を受けたほうがいいよ。このままでは歩けなくなってしまいますよ。と大声で叫びそうになった。今吸い込まれそうになる摩周湖をみて、思い出されるのは、手術を受けられなかった患者様のことである。あの患者様はどうされているのか？深い悲しみに包まれる。これから243号線を根室、中標津へ向かう。道路は一直線で、左右に牧場の看板が立ち並ぶ。淡い緑が心を和ませてくれる。北海道は自分に正直になれる地域であると思う。井須先生から2月釧路労災病院手術外来見学の帰りに「中標津の講演が私の医療のすべてである。」とお話しくださった。そして今回是非町の皆様と御一緒に井須先生の御講演をお聞きしたいと思い、現在向かっているわけである。１軒々が随分離れている。牧場の仕事は今が一番忙しいのではないだろうか？中標津の町中を走るとすぐに会場に到着した。釧路からの道のりを思うと、外来通院するには微妙な距離である。会場は満員である。おそらく講演会にこられた皆様の半分ほどの方が、井須先生の手術を受けられたあるいは関係された方であろうと推測される。いわゆる手術をしないお話しを乗り越え、手術を受けられた患者様であるのだろう。講演会のお話しの内容は大変わかりやすいものである。私の妻は、思い当たるふしがあるのかしきりに私に話しかける。会場の多くの方も、やはり自分の健康に気遣っているようだ。ただやはり手術は怖いようである。私の地域でも同じであるが、脊髄の手術をうけると四肢が動かなくなり、一生寝たきりになってしまうと思っていらっしゃる方が多い。現在脊髄の手術は、機能手術の代表であり、手術でどれだけ苦痛な症状を改善し、しかも長年その効果が持続する点で手術議論がなされる。ただこのことを説明することはきわめて難しいことであると思う。脊髄疾患は正しい目を持つ方に、正しい診断を受けることが出来た方は、極めて症状が改善する疾患である。しかも手術で症状が改善されると診断されれば、きわめて手術は有効的な治療法と考える。手術を受けられた患者様は、安全で怖くないから手術を受けたほうがいいよと講演会の皆様の前でお話しをする。私が外来で井須先生のとなりで、ある手術を選択されない患者様におもわず、横から手術を受けたほうがいいよ。このままでは歩けなくなってしまいますよ。と囁けなかったことを殊更に思い出す。良くなられた患者様は、自分の健康という幸福を以前の自分と同じように苦しんでいらっしゃる方に少しでも分け与えることが出来たらという気持ちでいっぱいなのであろう。今日の講演会にこられた患者様は、手術が必要と診断されたとき、いわゆる井須先生の手術をしないお話しを乗り越え、手術を受けられる患者様となるのだろう。講演会が終了し、2次会、３次会と続いた。患者様の御一人が自由に話せる腰の低い医者（井須先生）がいてくれてとても幸せだと話した。中標津の講演会が医療者との敷居を拭い去ることが出来、病気に対して医療者と患者様が手と手を取り合い、親睦の深いタッグをくむ手段となれば、今後も病気を打ち負かす人が増えるであろう。一人でも病気を打ち負かす人が増えていただきたいことが私の切なる願いである。